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どくだみ・パート3(商品名・梅畑の十薬)2011年7月13日執筆)

黴びてしまったどくだみには、それほど未練はなかった。来年もほっときゃ咲くしね・・・・

 このあきらめのよさが何事にも裏目に出るのが僕である。かつての私生活においても・・・・・

だが、そんなおっとり刀にも再起をうながすものがあった。梅畑である。そういえば、梅畑にはどくだみが咲く、と何かで聞いた。日陰ができるからかもしれない。うちの梅畑は、山中のとても静かで見晴らしのいいところにある。沢が堰によって滝のように流れ落ちている脇で、いつ行っても空気がどこよりも清浄で、たまらないパワーを与えてくれる。まあ、場所柄収穫はすべてコンテナを人力で下ろさねばならず、腕がパンパンになったのだが。

 収穫の最後の日、どくだみが少し咲いているのに気づいた。

 「適地適作」などというが、農産物には当然ブランドがある。この集落は、こと茶に関してはブランドだ。高原で雨が多く、一日中霧がかかっている。そういう気候が適しているんだろう。いや、熊野ブランドのどくだみ茶、などと考えたわけではないが、すくなくとも「梅畑のどくだみ」なら「家の裏のどくだみ」よりずっとイメージはいい。第一あの梅畑の空気に生えるどくだみがまずいなんて、やはり考えられない。


   梅畑のどくだみを夕方6時頃から鎌ひとつ持って刈りに行き、それに庭のもまた少し伸びたので刈った。

 しかし問題は、黴。やはり10日干しても、この雨ではカラッとかわかない。

 ちょうど、おばあちゃんといっしょに診療所に行く機会があった。4時でしまいの診療所。お医者さんは「僕はこれでね〜」と帰ってしまい、一人残った看護婦さんのJさん。その時僕は、Jさんが以前、道の駅に薬草茶みたいなのを出していたのを思い出した。「あの、どうやって・・・」ときくとJさんは「この雨じゃね。○○〇でチンするのよ」とのことだった。乾燥剤が必要だろうか、買うとすればいくらぐらいだろう、などと考えすぎてた僕は単純明快なこのアドバイスで、やった!と思った。

 あさってから上京。きょう、からからになったどくだみを細かくきり、袋詰めした。今回のは限定贈呈品。まあ、久々に会う友人との酒の席の話題にでも。そして、老いてめっきり痩せてしまったという母にも。どうも蓄財について、執着がなさすぎるので、かつての私生活で苦労した僕である。

 最後にその後、相方から聞いたJさんの薬草茶の話。なんのお茶なのかと思ったら   ケツメイシだそうである。世の中には道に明るいというか、極める人がいるものだ。

にわとりの記(2011年7月11日)

背中が痛い。頭痛がする。夏風邪を引いてしまったようだ。一日寝ていたい。けれど。「かーっかっかっかっ」

 朝からにわとりの鳴き声。朝飯はまだ?と催促されてるようなもの。「仕方ないな」と長靴を履いて鶏舎に向かう。

 4月ごろだったろうか。「うちで食べる卵の分だけでも」と、田舎暮らしの先輩、Hさんから、おんどりを1羽、めんどりを10羽いただいた。Hさんのうちに相方と軽トラで取りに行くと、家の上がり口にコンテナが2組、蓋をかぶせるようにしてあり、それが今うちにいるにわとりたちだった。

 もともとうちには7羽のにわとりがいた。だが、僕がこちらに来た直後、狐に次々とやられて、ついにいなくなった。つぎつぎ頭数が減っていくのはなんとも不気味だったし、何か僕の命と引き換えなんだろうかとまで、考えすぎてしまった。

 今度のにわとりは、動物にやられないようにと、鶏舎をトタン板で補修し、屋根も冬のうちにふき直した。それから毎日餌を僕がやるようになった。

 そういはいっても、何をどれくらいやったらいいか、まったくわからない。にわとりは貝殻をつつくような気もするし、動物の骨が好きなような気もする。

 普通は、餌は配合飼料というのをやる。おそらくその成分のことなど、当の養鶏家さえ、にわとりがうまく産卵してくれている限り、詳しくはしらないだろう。鶏を飼うことはたんに飼料をやることになっってしまうのかもしれない。

 うちには、使い残しの、小米、ぬか、牡蠣がらなんかが大袋で残っていた。けれど、どのくらいの割合で、どのくらいの量あげたらいいかもわからない。相方に聞くと「この本に書いてあるわよ」と「自然卵養鶏法」という、えらい古くなった本を渡すのみだった。

 なんとなく餌をやる毎日。にわとりは戸を開けると出ようとするし、足をつつくしはっきりいって小さな恐怖だった。それでもHさんちの食べ物がよかったのか、毎日卵を二つ、三つと産んでくれた。

 そのうち「事件」が起こった。鶏舎のすぐ上の茶畑で仕事をしているSさんが、「だんなさんとこのにわとりうちの茶畑にいたよ」と教えてくれたのだ。

 ご近所迷惑なことを。たしかに鶏舎の網が少々ほつれていた。そして頭数が一羽足りない。その一羽がどこへ行ったか、軽トラで探したがみつからずじまい。ほつれを修理し、にわとりたちには「お前ら脱走は断じて許さん」とアジテーションした。

 自分としてはこれで沙汰は済んだ、と思ったら、またSさんから「だんなさんのにわとり、また茶畑に・・・」と。あれだけ完璧に修繕したし、今度は頭数が変わらない。「そんなはずないと思ううが」と相方に言うが、相方は黙っていた。少し腹が立ってきた。

 そのうちに相方が「おばあちゃんがにわとりが外に出てたって言ってるわ」というのだ。おばあちゃんをうたがったわけではないが、仕組んだ人がいるのでは、と思えてならず鶏舎の戸のかんぬきに、錠前をつけてやろうかと思った。

 「脱走だけはするな。餌は毎日やるから」そう、願う気持ちだった。


 そのうち、おどろくべきことが。鶏舎の外にいためんどりが一羽、網のほんの小さなほつれをくぐって鶏舎の中に帰ってくるのを見てしまったのだ。

 「散歩してたんか・・・」

それ以後、脱走騒ぎはおさまったが、Sさんは僕には少しも声をかけなくなった。あの時ほんとうにそう思ったからついSさんに「にわとりって、キジの見間違いじゃないですか。よく窓のそばにキジがいるんですよ」と言ってしまったのだ。よく確かめずに人を疑った罰なのか、田植えも茶摘みも終わったので、Sさんは、好きなアマゴ釣りに夢中なのか・・・・

 梅雨に入った。熊野の梅雨の雨ははんぱではない。毎日毎日、音を立てて雨が降る。鶏舎のあたりはなにやら腐敗臭が漂う。小さな羽虫が飛び始める。中は雨漏りがして、床は水たまりができるほど。にわとりは急に鳴かなくなり、動かなくなった。大きな台風の到来の時には、集まって肩を寄せているのだ。このとき、自分もこの台風のせいで気が滅入り、やる気が失せていた。布団にくるまっていたかった。生き物同士、ほんとうに同じなんだな、と共感がじんわりと伝わるのだった。

 けれど、雨が去れば床は乾くので、相方が何度言っても、屋根の修理はしなかった。かわりに籾殻をたくさんまいてやった。

 にわとりが来て2ヶ月。なぜかぷっつり卵を産まなくなった。これはとても困惑した。餌を多くしたり、魚粉を注文して与えたり、いろいろするが、産まない。「梅雨には産まないのだろう」勝手に決めて、餌だけ与える毎日。魚粉だって高いし、おからは貴重品の部類。刈草だけですましてくれればいいけど、あいつらはむしろ、僕の食べ残しのサンマの骨をやると「クオーツ」と奇声を発し喜ぶ。

 産まない奴らに罰だとばかり、草ばかりやると、今度は夕方に腹を減らして鳴き出す。鶏舎の半分は仕切って納屋に使っているのだが、その中を歩き回ると仕切りの向こうで付いて歩く。その時に限り鳴きもせず、切なそうなのだ。

 今度は米子をかなり増やしてやった。なんとなく自分で配合や量の加減がわかってきた。

 夏はあまり卵を産まないそうだが、まあ、三日に一回、2個ぐらいは産んでくれる。もしかすると、この卵はにわとりたちが僕にくれる心付けみたいなものなのかもしれない。

 最近は、この集落も30代の移住してきた女性が増えている。めんどりに、A子、H子などと名前を付け、話しかけては密かに楽しんでいるが、実際おんどり1羽に8羽のめんどりが群がるにわとり社会に、感慨深いものもあるな。(書かなかったが、1羽は脱走事件の後、死んだ)

 毎日毎日にわとりに餌をやるのは、きっと自分の仕事だからではない。もち、相方が餌をやれ、とうるさいからでもない。多分、僕はにわとりに使われているからなのだろう。



続・どくだみ(2011年7月2日執筆)

どくだみは、納屋で陰干しします。10束くらいを紐で結わえて納屋の釘にかけておきます。けれど、この梅雨は連日の雨。なかなか乾きません。風通しも大いに関係するようで、風の通る上の方に吊るしたほうがいいみたいです。

 まあとにかくおよそ10日後、これを小さく切り、茶にして密閉しました。ちょうど土瓶がなかったので、新宮のせともの屋さんで求め、試してみると・・・・・体があたたかくなります。そして、一時間後くらいに、ちょうど田んぼにいたのですが、ちょ、ちょっとトイレに行きたくなり・・・・いったん軽トラにて自宅に戻った次第。別に便秘気味だったわけじゃないんだけど、それほどすごいんよね

 これは東京の友人に飲んでもらったら、喜びそう。あわよくば、きっかけにしそ茶、ハーブティーなんかが売れちゃったりして!!

 さっそく知人・友人向けにどくだみキャンペーン。

 
 「健康で安全な産品をお届けします」

 なんちゃって。ちょっとカラフルなチラシまで作った。


そして・・・・きょうまた容器をあけてよく見ると・・・・かびてました。長雨で陰干しはだいじょうぶかな、とは思ったんだけど、まあ、いいやの精神はこういう場合、許されないみたいです。

 「そんなもの人に送っちゃダメ」言われるまでもなく、計画は中止さ。

 「健康に悪いあやしい産品」と噂が立ったら終わりだもんね。とにかく梅雨時の黴には皆さんご注意

発達への気づき

 支援職の人、当事者、家族、いろんな知人友人との会話で、だんだん面白いことに気づいてきた。発端は飲み会の席でのAさんの発言。「木村さん、かなりアスペよ」
 え?と思った。Aさんは息子さんが発達障害といわれている。アスペルガーと言われている当事者は何人か知っている。しかし親しいB君の特徴からしかイメージしていなかったし、自分とはかなりイメージが違うところも多かったので、「ちがうんじゃない・・・」と思うだけだった。

 その後Aさんといろいろ会話するうちに、そういえば・・・と思い当たる点が多々あった。究極、僕は頭の中に瞬時に昔のある風景をそっくりそのまま映像として映し出すことができたり、クラシック音楽のごく微妙な流れを覚えてしまったりしているのだ。次のところは、「低音の金管が流れてくるんだよ」そんなに特徴的でないありふれたところまで憶えているので驚かれた記憶はしばしば。

 なるほど。おもしろくなって、入門的な本を読んでみた。  いろいろな特徴が書いてあり、もちろん「困った人たち」としての評価、接する際の注意事項(ま、猛獣みたいなもんですわ)などもある。やはりかなり「あてはまる」
ところが多い。しかし、「まったくあてはまらない」と思われることも少なくない。

 でも、こういう本は大概そう言うものだ。こういう特徴と言って列挙されていると、なんとなくそういえば僕にも、と誰しも思えてしまう。そう言う経験を持っている人はきっと多いと思う。

 その後、C君ともいろいろ話した。C君は自分が注意欠陥多動性障害ではないか、と思い検査までした。詳しい結果は入院しての検査になるというので、やめたそうだが。彼は仕事の上での悩みをかかえていた。とても間違いが多い、何事も理屈で考えず、カンで判断する、人間関係がどうも・・・などなどで職場をやめ、いま、自分探し中である。

 彼が言う中でもあ、これと思う点がとってもある。僕の物忘れ、間違いの多さはきっとC君の比じゃない。う〜ん注意欠陥度すごいんだ。

 次にDさんにあった。支援職の人。「私も相当多動でね、休みとなるとどう休んでいいかわからないし、あれやったりこれやったり。娘にいつも泳いでいるくじら、と言われるわ」

 あちゃ。僕は「葛西臨海水族館のまぐろ」と言われたことがある。まぐろは、泳いでないと死んじゃう。昼も夜もずっと泳ぎ続ける・・・

 う〜ん・・・多動とか、アスペルガーとか、診断ではなく、実は特性。処方やことばやは、後でついてきたもの。最近は障害にまで認定されちゃった・・・要は脳の特性のことで、度合いでしかはかれないでしょう。

 ただ、そういう観方で自分を振り返るととってもおもしろい。どうも、いままで説明がつかなかった自分の疾患がかなりわかったような気がするのである。躁状態と思っていたのが多動だったり、欝への落ち込みではなく自閉だったり、感情のコントロールができない、というのがパニックだったり。

 う〜ん、いろいろ考えてみるとそもそも精神疾患ではないのかもな。いや、精神疾患てほんとうに「病気」なのかしら

 気づきっておもしろい。気づいてしまうと、自分とはこうです、というものさし、とかきまり 見たいのが全部ふっとんで、残るのは人なんだ、ということだけだったり。まあ、これが好きの道になって、また本を書く、などというところが、そもそも発達度なかなかかも・・・・

凝り性の処し方

最近少しだけれど、自分のこころということを一生懸命探求し、洞察ている幾人かの人との出会いの中で感じることがある。そのへんのことを煮詰めると、こころのよりどころ、とか宗教的な境地とかになってくるのは勢い当然だろう。僕もそうしたテーマは好きである。
 けれども、それが自分(のすべて)、という心境かというと、そうはなれない。やはり何事も真理であっても、距離を置いてみないと、人としてとてもバランスが悪くなる。

 僕は性分として大変な凝り性であるが、けっこうあちこちつついては、食べ飽きたり。その結果いろんなことに惹かれて入り込んでも、こころを淀ませず、最後はバランスと総合を大事にしてしまう。ただやりかたが、相当深く入り、また距離を置いたり、ということを繰り返すから、どうも実像はつかみにくいみたいである。

 自分にとって大事なものは何か。やはり自分の生活であったり、人としてのあり方であったり、人とのちゃんとした関係のもちかたであったり、自分の楽しみであったり、自分にとって大事な人であったり。バランスを失い、突っ走ったりしても、いつも立ち戻るところに戻れば、それは本当の人生の肥やしとなるのだと思う。